38.リビルディング・ロード⑪

 まだ駆け出しだった頃、もう春を迎えようとしていた時だった。写真ネタを考えていると一度訪ねた「桜上水住宅団地」の鬱蒼と茂る桜並木を思い出した。当時は若かったせいもありカメラ片手に颯爽と出向いた。

 これこれこういう理由で是非、写真を撮らせて欲しいと当時、同住宅の事務局を1人で切り盛りされていた平井英一さんに頼み込んだのである。すると平井さんは筆者の思惑とは全然違うことをおっしゃるではないか。

 同住宅団地の桜並木は、世田谷区の指定樹木で枝を自由に切ることもできず、害虫に晒され1、2階に居住される方達にとっては迷惑この上ない代物というのである。また、根っこが繁茂しライフラインを痛めつける元凶だと。入居当初、みんなで植えた桜がこんなんになるとは思っても見なかった。「桜を取り上げるなどもってのほか…」。筆者としては、意気消沈。が、先回の記事で桜並み木の写真を掲載(下)できたのは、約30年越しの夢の実現かも。

 さてこの時、桜並木の写真は諦めざるを得なかったのだが、思わず植栽管理の詳細に触れることができた。桜並木は当然ながら、数10センチの灯台躑躅までナンバーリングされた敷地内の平板図と施肥等を行なった期日のデータブック、ライフラインと枝葉、根に至るまでの詳細なノートを見せてくれたのである。また、水道の親メーターと子メーターの関係、全てデータ化されていて、植栽と水漏れの把握が事務局で察知できるのだった。ただただ団地管理の詳細な一端を見せてもらった気がした(いつか書こうと思ってはいたのだが…)。

 ところで、あの重厚な桜並木は、どうなったのだろう。「桜上水ガーデンズ」を散策してみようか。従前の同住宅団地は、4階建て住棟をメインに中層住宅全17棟で構成され、都心近くにあって、いわゆる緑豊かな住環境を誇っていた。

旧桜上水住宅団地(「桜上水団地建替事業の記録」16年から)

 桜上水ガーデンズは、その名称が示すように、6階建て住棟から14階建ての高層住棟全9棟に変わったものの、桜並木はもちろん、コナラの群生林、イチョウ並木と、外周にはプラタナス並木が配される。新・旧織り交ぜた並木と世田谷区の保存樹木である大ケヤキも健在。春には桜が、秋には落葉樹の紅葉に彩られることになるのだろう。

 しかも、多世代型居住を踏まえた乳幼児や子供たちの遊び場としての広場の設置、それぞれ異なったコンセプトを持つ「庭園」が配されている。名称は、「記憶の丘」であったり「ハナミズキの庭」であったり、ユニークなところでは、「たまごの劇場」、「ミュージーアムガーデン」など12か所以上にも及ぶ。

 こういった新たな住環境は、筆者がこれまでに取材した建替え住宅団地の経験では見当たらない。何処がどう違うのか。実は、地上に駐車場スペースがないのである。約500台分以上の駐車スペースは、半地下あるいは地下に設けられ、その屋上スペースが、テーマの異なった庭園として提供されている。

 思えば、80年代後半に席巻したモータリゼーションの最中、同住宅団地では既に敷地内駐車場の大増設を完了。支出から収入に転換していた(つづく)。

明治学院大学法学部兼任講師・本紙客員編集員 竹田 智志

(集合住宅管理新聞「アメニティ」2021年6月号掲載)