法律相談Q&A 認知症で介護施設入所の組合費滞納者へ裁判できるか(2021年1月号掲載)

 

 組合員のAさんが管理費等を滞納していますが、専有部分には銀行の抵当権が設定されており、通常の競売では無剰余で取り消される可能性があるので、区分所有法59条の競売請求の裁判を起こすことを、総会で決議しようと考えています。Aさんは高齢で認知症を発症して、現在は介護施設に入所しています。このままAさんを相手に裁判をすることに問題ないでしょうか?

 本件と類似の事案が裁判で争われたことがあります(札幌地裁平成31年1月22日判決)。

 この裁判では管理組合が長期間に渡り管理費等を滞納している組合員(90歳で特別養護老人ホームに入居しており、会話もできない状態)に対して、弁明の機会を付与する通知書を送付して、その後集会の特別決議で59条の競売請求を提起しました。

 訴訟の中で特別代理人の選任を求めて、特別代理人が選任されたことから、特別代理人に対して弁明の機会を与えて、訴訟を継続するか否かを決議する総会迄に弁明書を提出するように求めました。

 特別代理人は意思能力のない組合員に対する弁明の機会の付与は無効であることと特別代理人に対する弁明の機会の付与も無効であると主張しました。

 これに対して裁判所は「弁明の機会は、単に形式的に当該区分所有者の住所地に弁明の機会を付与する旨の通知が届けられただけでは足りず、当該区分所有者において、その内容を了解することができる能力を有していることが必要と解される。」として、「上記のように会話もできない状況からは通知の内容を理解するだけの能力があったとは認められず、本件訴えの提起は弁明の機会を付与しないままされた瑕疵ある決議に基づくものと言わざる得ない。」と判示しています。

 もっとも、訴え提起後に特別代理人が選任されて、特別代理人に対して、弁明の機会を付与されたことから、前述した瑕疵は治癒されたと判断して、管理組合の請求を認めています。

 意思能力の無い者に対する訴訟行為は無効とされています。認知症も軽度であれば意思能力が認められる場合もありますが、会話による意思疎通が困難な程度に認知症が進んでいれば意思能力は無いと考えられます。

 認知症が進行している場合は成年後見人が選任されることが通常です。もっとも、成年後見人の選任を申し立てることができるのは、配偶者や親族、市町村長などに限られ、管理組合には申立ての権限がありません。

 以上を前提に本問での対応を考えると、Aさんが意思能力が無いような状態である場合は、配偶者やお子さんらに成年後見人の選任を申し立てをお願いします。これに応じてもらえない場合は市町村に相談して市町村長に申し立ててもらうことをお願いします(成年後見人が選任されれば、その者に対して、弁明の機会の付与することになります。)

 成年後見人が選任されない場合は上記で紹介した札幌地裁の裁判例のように弁明の通知を本人宛に送った上で総会決議を行い、訴訟を提起した上で、特別代理人を選任してもらい、特別代理人に対して、再度弁明の機会を付与することになると思います。

法律相談会専門相談員 弁護士 石川 貴康

(集合住宅管理新聞「アメニティ」2021年1月号掲載)