大規模修繕工事に潜む「なりすまし業者」の手口と防衛策(2026年6月号掲載)

 区分所有者の皆様、毎月支払っている「修繕積立金」が、なりすまし業者のターゲットになっているかもしれないと考えたことはあるでしょうか。

 近年、マンションの大規模修繕工事を巡り、工事会社の社員が住民に「なりすまし」て修繕委員会に入り込み、自社に有利な形で高額な工事を受注するという前代未聞のトラブルが相次いで発覚しています。これは決して対岸の火事ではありません。

 相次ぐ「なりすまし事件」を防ぐために、NHKでは昨年12月5日の「ネタドリ」、今年3月23日の「クローズアップ現代」と二回にわたり、この問題を取り上げ、私もスタジオ出演し注意喚起しました。

 しかし、その後も同種の事案が報告されていますので、改めて、この問題について解説し、今日からできる防衛策をお伝えします。

巧妙化する「なりすまし」の悪質な手口

 確認されているだけでも、業者が修繕委員会に入り込む手口は非常に巧妙かつ悪質です。主に以下の2つのパターンが確認されています。

 1 実際の住民を「アルバイト」で取り込む手口

  あるケースでは、業者が「覆面調査のアルバイト」を装い、マンションのポストにチラシを投函しました。これに応募した住民に対し「修繕委員会で不正がないか内々に調査したいので、住民としての立場を貸してほしい」と持ちかけます。事情を深く知らない住民名義を使い、業者の社員が「夫の代理」などと称して委員会に潜入するのです。協力した住民には商品券などの謝礼が渡されていました。

 2 業者自身が「区分所有者」になる手口

 さらに悪質なのが、業者自身、あるいは関連会社がターゲットのマンションの一室を購入し、正真正銘の「区分所有者」として堂々と修繕委員会に入り込むパターンです。この場合、形式上は所有者としての権利を行使しているに過ぎないため、後述するように法的な責任を問うのが非常に難しくなります。

 彼らは委員会に潜入後、建築関係の仕事をしているなどと称して専門知識をひけらかします。そして、業者選定の基準作りや見積もりの評価を主導し、競争原理を排除して、結果的に相場よりも3割程度も高い金額で自社(または息のかかった下請け業者)に工事を発注させるよう議論を誘導していくのです。

なぜ「なりすまし業者」に狙われるのか?

 なぜ、このような事態が起きてしまうのでしょうか。そこには3つの背景があります。

 第一に、「巨額の資金と周期性」です。大規模修繕工事は数千万円から、規模によっては数十億円という巨額の費用が動きます。しかも12〜15年周期で必ず行われるため、入り込む側からすれば非常に計画が立てやすい市場なのです。

 第二に、「住民の無関心」です。廊下や外壁などの共用部分は「自分の専有部ではない」という意識が働きがちで、「誰かがやってくれるだろう」と無関心になりやすい傾向があります。

 第三に、「役員のなり手不足」です。住民の高齢化や、投資用として部屋を所有し実際には住んでいない人の増加により、理事や修繕委員のなり手が慢性的に不足しています。そこに「専門知識があるので私がやりますよ」と名乗り出る人物が現れれば、他の住民は「助かった、よろしくお願いします」と全てを任せきりにしてしまうのです。

大切な資産を守るための「4つの防衛策」

 彼らに食い物にされないために、区分所有者の皆様に実践していただきたい対策を挙げます。

 1 厳格な「本人確認」の実施

 修繕委員会や理事会が発足する際、あるいは見慣れない人物が参加した際には、必ず本人確認を行ってください。運転免許証やマイナンバーカード、パスポートなど「顔写真付きの身分証明書」の提示を求め、居住者名簿と照合することが第一歩です。

 2 「管理規約」の改定と明記

 本人確認を単なる運用で終わらせず「管理規約」に明確に定めることが重要です。国土交通省もこの問題を重く見ており、昨年10月に「マンション標準管理規約」を改定し、役員等の就任時の本人確認をコメントで追加しました。このコメントなどを参考に、皆様のマンションの規約も見直してください。

 3「利益相反取引」の制限規定を設ける

 業者が部屋を買って入り込むケースでは、住居侵入などの刑事責任を問うことは困難です。これを防ぐためには、管理規約において「役員(委員)が自身や自身の所属する会社の利益を図るような取引(利益相反取引)」を制限、あるいは厳格な承認手続きを要する旨の規定を設けることが有効です。

 4 第三者の目を活用する

 「素人だけでの判断」がリスクを生みます。適正な価格で発注できているか、手続きに透明性はあるかをチェックするために、マンション管理士など、第三者の目を入れることも検討してください。

最大の防御は「無関心からの脱却」

 修繕積立金は、皆様が毎月汗水流して働き、マンションの未来のために積み立ててきた大切な財産です。それを、一部の悪質な業者に奪われるようなことがあってはなりません。

 最も強力な防衛策は、「住民同士のコミュニケーション」と「自分たちの資産に対する関心」です。普段から挨拶を交わし、顔が見える関係性を築いておくこと。専有部分だけではなく共用部分に関心を持つこと。その少しの関心の変化が、マンションの防御力を劇的に高めます。皆さんのマンションを守れるのは、最終的には皆様自身なのです。

香川総合法律事務所 代表弁護士 香川 希理(集合住宅管理新聞「アメニティ」2026年6月号掲載)