思い出の職場を訪れました 2023-3 

同期入社だった主人との
デートの約束はメモだった

 春本番ですね。桜の花が満開になる頃、雨が続いていましたが、雨に濡れた花々も美しいものです。マンションのバルコニーから見える小学校の桜は、いつ見ても圧巻です。
 四月は、始まりの月々ですが、その前に私と亡き主人の出会いの場でもあり、主人が最期まで勤めていた大型書店が、四十四年間の幕を閉じました。駅前の再開発の為、三月末で閉店となり取り壊されます。
 その書店には、大学を卒業後就職しました。大学三年の時、開店したと記憶しています。読書が好きで、興味の湧く本を探しにあちこちの書店へ行きましたが、白で統一された内装とガラス張りの外観は夢の様でした。そして、就職出来たのも好運でした。三月から四月にかけての新人研修は、厳しいものでしたが、四十年以上経つ現在もはっきりと思い出せる程、楽しく充実した日々でした。主人と私は同期入社だったので、その頃から共に人生を歩き始めていた訳です。
 実は、主人が亡くなってから、閉店すると知らされる昨年末まで、訪れる気持ちになれずにいました。思い出が多すぎて、近くまでは行ったのですが、入店は出来ませんでした。
 店内の柱一本一本が懐かしいのです。四十年前ですから、仕事の後に会いましょうのやり取りもメールで無く、紙に書いて渡す時代です。誰にも知られ無い様に柱の蔭で、ポケットにねじ込んで渡しました。時には、行き違いもあり、駅前で何時間も待った事もあります。携帯電話はありませんから、ただ待つしかありませんでした。
 先月末、ようやく思い出の書店を訪れることが出来ました。一人では、心細いので長男と一緒にですが、本好きの彼は度々足を運んでいた様です。店内の様子は、働いていた頃からは大分違っていましたが、全ての場所に思い出が詰まっています。その一つ一つを話ながら、全ての階、全ての棚を見て回りました。淋しいけれど素敵な時間でした。

集合住宅管理新聞「アメニティ」2023年487号掲載)
【つづく】