36.区分所有法の変遷②

 当シリーズの前任者である松本恭治先生がもし存命であれば、先回の記事に対し公衆衛生の立場から、厚生省(厚生労働省)の抱くマンション像の紹介もなされたかも知れない。とはいえ、この点、筆者には荷が重すぎる。

 まずは、「各論」第2章の中の「区分所有者の団体」であるが、法3条は法律上当然に構成された団体としている。ところが、これがはっきりしないのはご承知の通りだ。その対処として先生は規模別の管理の要請を行っている。また管理組合の普及(過程)、それに関わる判例分析、当事者能力、組織、管理費等の帰属、使途、管理会社に至るまで、実に第2章「管理組合」につき70頁余りを割いている。これは現行法上、管理組合が区分所有法の中心的な核を担っているから当然だが、「総論」における、萌芽としての管理者による管理も区分所有法上の変遷から踏まえておかなければならないことだと思われる。

 各論部分は、法令に従い制度趣旨(意義)、その変遷を述べ、解釈の変遷を辿る。いわゆる注解書的(コンメンタール)な展開ではあるが、そこから浮上してくるのは、右往左往する判例、まるで迷い道・迷路が如く印象であった。

 では、この本が担う意図、射程は何か。「区分所有法の構造を解明し、それを要素に分解し、それぞれを価値的に位置づけ、統一的に『区分所有像』を提示すること」だとする。先生の言葉を借りると、「区分所有権の構成」を明確化し、「あるべき区分所有」を提示すること。これは実務から生まれてくるのではなく、学問としての法律学がなすべき固有の課題だというわけだ。

 そういえば、「日本近代立法資料叢書1」(商事法務)によれば、旧民法208条の導入をめぐる法典調査会の議事録で、区分所有の規定など必要ないといった大勢の意見の中、梅謙二郎博士が今後、必然的に増加することを訴え導入された。

 その後、我妻栄博士が中心となって62(昭37)年法が成立した。現行法である2002年法は83(昭58)年法がベースであるが、83年法成立以前の議論は、全くといっていいほどに乏しい。導入後の文献は多いのだが(同書「関連文献」)。

 ところで、その83年法は、「団体」、「共同利益」、「先取特権」、「分離処分の禁止」、「義務違反」、「復旧・建替え」、「団地」等多種多彩な規定を設けたうえ、さらに多数決の原則を段階別に配置した国際的にも画期的な法規定であった。導入前の議論はあまりなされていなかったものの、89年(平元)になって当時の立法担当者である濱崎泰生氏による「建物区分所有法の改正」(法曹会)が出版された。先生のいう「区分所有権の構成」という点を振り返ってみると、どうもこの辺に置き忘れてきた感がある。

 なお、大人の区分所有といった筆者が抱いた感触は、最近の行政法によるマンション立法、標準規約だが、規約による細かな規制、アイデア的な施策提案よりもむしろ、区分所有者の議論による各マンション毎の自治の優先がより重要性を増しているという直感が働いた。隣国における区分所有は、私法の領域というよりは、公法規定だ。しっかりとしたセーフティーネットが構築されていれば、マンションは区分所有者の構成員権としての自治に委ねる方がいい。

 もう一点触れて置かなければならないことがある。わが国の民法典は2017年大改正を行なった。実に120余年ぶりの改正であった。この民法を解説する大コンメンタール(注解書)が、「注釈民法」と呼ばれる有斐閣が刊行する書籍である(64年スタート)。現在は「新注釈民法」シリーズとして2010年秋にお目見得した。

 実は、この中に区分所有法の解説がなされている。注釈民法の中で解説に当たっているのは、立法担当者が主であり、88年にスタートした「新版注釈民法」でも、そうであった。

 現行のシリーズでは、これを早稲田大学法科大学院の鎌野邦樹教授(現:日本マンション学会会長)が担当。丸山体系書とほぼ同じ時期に出版された(第5巻)。

 両書ともに区分所有法の核心に迫る大著である。読者の皆さまには、ぜひご一読を勧めたい。両師の実に不出来の弟子が言うのもおかしいが…。(この項終わり)

(つづく)

明治学院大学兼任講師・本紙客員編集委員 竹田 智志

集合住宅管理新聞「アメニティ」2021年4月号掲載