5.長期修繕計画の策定

 前項までは、「II 経年によるマンションの傷みと、その対応」としてマンションのどのような箇所に傷みが出るのか、また、「物理的老朽化」と「相対的老朽化」にどのように対応していくのか、その概要を解説してきました。

 本項からは、本題の「長期修繕計画の策定」として、策定の仕方、そのポイント、また長期修繕計画と修繕積立金について具体事例を含め解説していきます。

1.長期修繕計画とは、その目的と策定のポイント

(1)長期修繕計画とは(目的) 

 建築物はさまざまな性格と耐用年数を合わせ持った築材料の複合体として構成されており、円滑で安全な住生活を送っていくためには、それらに対して定期的な点検、計画的な修繕の実施が必要となる。そこで、建物を構成する各部位の耐用度合いを考察し、ある一定の修繕周期を想定して、適切な時期に的確な修繕を実施するための基礎資料として長期修繕計画を策定する。

 長期修繕計画の策定にあたっては、建物の耐久性に留まらず、居住性、美装性、財産価値等を総合的に判断することが期待される。また、将来にわたって住まいとしての耐久性を維持していくためには、「いつの時期に、どのような修繕をおこなうのか」、さらに、これらの修繕を行っていくために「どの程度の費用を要するのか」を知ることにより、現行の修繕費積立金との相関を明確にし、長期修繕計画の資金的裏づけとしている。

 長期修繕計画の修繕項目の中でも、多額の費用を要するものに、いわゆる大規模修繕がある。大規模修繕工事は建物の主要部位の修繕であると同時に、その他の短期的な計画修繕を集約し同時に行うことによって、工事のスケ-ルメリットを計ることを目論んでいる。

 したがって、これらをいつの時期に設定するか、また、その内容をどのようなものにするかによって、長期修繕計画の内容も異なり、また修繕積立金に与える影響も大きい。長期修繕計画策定の際に、大規模修繕をどの様に位置付けるかが、ポイントの1つと言える。

(2)長期修繕計画の位置付け(日常管理と計画修繕)

分譲マンションの維持・管理は、具体には日常の管理と、計画修繕に分けられる。マンションによっては、この区別が混在しているもの、あるいは管理の仕方によって、また、予算の区分により多少異なることもある。しかし、基本的には表3・1「維持保全体系と維持管理費の構成」のような内容に区分けすることが望ましい。

(3)長期修繕計画の策定期間

 長期修繕計画の策定期間をどの程度とするか、また、その内容には様々な提案がされている。
 建物を構成する建築材料(部材)の修繕周期は、一般的に30~40年で一巡すると考えられる。その意味からは策定期間を40年程度とすれば、一通りの修繕を終えることになる。しかし、長期計画では同時に大まかな修繕費用の算出も必要とすることから、40年間での修繕費累積は、かなり多額の費用となる。将来は技術の進歩、経済・社会情勢の変動等も考えられることから、あまり長期にわたる計画は、いたずらに修繕費支出を増大させ、修繕積立金の戸当たり負担を、不必要に大きくする危険がある。
 したがって、修繕周期(いつの時期に行うか)については、策定時より20年程度先までを設定し、修繕費用の算出、年度毎の支出計画等(いつの時期にどの程度の費用を必要とするか)は、5年短い15年程度が現実的と考えられる。
*(優良中古マンション融資評価基準では原則20年以上と規定されている。)

(4)修繕対象部位と項目の整理

A.計画修繕項目と修繕周期の目安
 計画修繕の周期には、短期的なもの(4~6年)、中期的なもの(10~15年)、長期的なもの(20~30年)がある。対象部位・項目はマンションによって異なるが、[表3・2]に上げたものは一般的に共通した項目であり、この他に加わる項目を検討し、整理する必要がある。

 

B.計画修繕工事の種類と改善等の内容
 計画修繕の対象項目には様々な内容のものがある。[表3・2]は一般的な修繕項目であるが、工事内容については様々な提案があり、建設当初の機能以上の改善的要素(グレ-ドアップ)が加わることも多い。したがって、これらの内容はそれぞれのマンション特性に対応した検討が必要となる。
また、ここでのポイントは、図面・資料の整備を日常キチンと行っておくこと、更に、管理領域の設定・確認、「どこまでは誰の所有で、誰が管理するのか」を明確にしておくことが重要。

※「優良中古マンション融資」では、原則ではあるが、外壁補修、給水管取替え、及び排水管取替え工事に係る修繕予定時期、及び予定工事金額を必要項目としている。

表3.2 計画修繕項目と修繕周期の目安

※ 計画修繕項目・周期は、マンションの仕組み(建物形態・構造、設備)によって異なる。したがって、本表の周期は大まかな目安であり(材料等によってもかなり耐久性に巾がある)、また項目についても更に細分化されているものもある。
※ 計画修繕の中には足場架設等が必要なものもあり、また建物等の耐久性・経済性から同時に工事を行っておくことが望ましいものがある。これらの計画修繕項目を☆印としている。
※ 立地条件、更生材料により特に周期に幅のあるもので、実施前に劣化状況等を調査・診断により、判断することが望まれるものを、★印としている。

C.修繕周期の設定と、サイクルモジュ-ル
 計画修繕周期表は、今後の改善を含めた修繕項目の周期を決めたもので、長期修繕計画の基本となるもの。但し、これは確定したものではなく、あくまで1つの目安であるため、工事実施の時期には再検討を加える必要がある。また、修繕周期の設定に際しては、大規模な修繕工事の周期に合わせて、各部材の材令許範囲内で、実施時期を集約した計画修繕周期の設定(サイクルモジュ-ル)が望まれる。

D.年度別支出計画
 修繕対象項目別に修繕方法(改修工法等)を決め、これに基づき概算工事費を算出する。更に、項目別に修繕周期に合わせ計画年度の修繕費支出として予算を計上し、その合計額が年度の支出総額となる。これにより「いつの段階で、どの程度の資金計画をしておけば良いのか」の目安をつくり、修繕積立金の徴収計画をたてるための資料とする。

E.修繕積立金収支計画
 前述の年度別収支計画を基にして作成している。これに基づき修繕積立金額を検討し設定する。

(5)長期修繕計画の見直し(長期修繕計画の柔軟性)

A.見直しの必要性
 15~20年、更に25年以上先に行なわれる修繕工事の内容は、策定の段階、特に早い時期では予測のつかないものが多い。例えば技術の進歩に伴い材料・工法等の仕様も変わることが考えられる。また、改善行為も含まれ、更に当初の仕様に問題があるもの、事故・経年により劣化が予測より早まることも考えられる。長期修繕計画は、あくまで机上のものであるから、現実の対応には柔軟性を持たせることが必要となる。つまり最初に策定された修繕計画は、その後の経過により一定の時期に見直し(修正)を必要とし、この際に「建物診断」「設備診断」等が望まれる。

B.見直しの時期・ポイント
見直しの時期は、原則として5~6年毎に行ない、大規模修繕に際しては実施の1.5年前の段階で、再度内容(実施の必要性等)を検討する。
策定されている計画修繕の対象部位・範囲が管理対象となるすべての施設を網羅出来ているか、落ちがないかを見直す。

長期計画で概算工事費を算出している場合には、改修仕様・工法の検討を含め、これらの妥当性についても再検討する。

計画対象の修繕周期を再度見直す。

新設・増設・改良が行なわれたものに対しては、項目の追加・整理、その維持管理方法の検討をおこなう。

これらを検討・整理した後に、経済変動を考慮し、年度別支出計画・積立金の徴収計画の見直しを行う。

分譲マンション、所有形態と管理形態

*印のものは管理組合の規約によって、どこまでを共同管理とするか、その扱いが異なる場合がある。
所有形態の共用・専有については、「建物の仕組み」によって、どこまでを共用(専有)にするかが異なる。一般的には管理規約の「別表」によって定められているが、これらの内容もごく大まかな基本的内容であり、具体内容(特に設備関係等の境界領域)は示されていないものが多い。本表も同様であるが、これらの内容は「建物の仕組み」により、管理組合が長期修繕計画の策定段階で検討する必要がある。また、個別管理のものでも、専有部分内の消防設備等は、共同管理とする場合もある。

 

2.修繕積立金の設定

 修繕積立金は、基本的には長期修繕計画の資金的裏付けとして位置付けられる制度である。したがって修繕積立金の徴収額は、本来計画的に行われるべき修繕工事の資金計画に基づいて設定されなければならない。

 ところが、現実には入居当初に決められた積立金の徴収額は、「管理費の10%前後」というものが多い。無論、その根拠は不明確で、管理費を基準にしていることにも疑問がある。その後の支出状況を見ても、これではあまりに低額すぎる。(1980年代後半より、修繕積立基金制度を設けているマンションがあるが、これは入居当初より10年間程度は資金計画上、有効と考えられる)

(1)修繕積立金の目安
「修繕積立金はどの程度が適正額なのか」ということは、マンションの規模・設備内容によって異なるため、一概には決められない。

 一般的に過去の事例からみて、大まかではあるが、
入居時より10年目までは4,000円~6,000円/月・戸(70~100円/平方m)
10~20年目になると7,000~1万円/月・戸(110~160円/平方m)
程度と言われている。更に、20年を過ぎると設備関係に要する修繕費が急激に増え、特に、高層マンションでは2万円/月・戸を超えるものも出てくる。

 修繕積立金を取り崩して行う大規模修繕は、昭和50年代半ばから多くの管理組合で実施されてきたが、積立金のみで賄われたものは当時は極めてすくない。マンションを長持ちさせ、より良い居住環境を維持していくためにも、長期的展望にたった修繕計画と、資金計画は、不可欠なものと言える。

*「優良中古マンション融資評価基準」では、修繕積立金の額として、5年未満は6,000円/戸、5年~10年未満7,000円/戸、10~17年未満9,000円/戸、17年以上10,000円/戸を必要額としている。

(2)入居10年目以降(第Ⅱ期)、20年目以降(第Ⅲ期)の修繕積立金
 修繕積立金が「いつの時期に、どの程度必要となるか」については、前述のようにマンションによって異なるため、一概にはいえない。過去に行われた長期修繕計画内容、及び修繕実績をみると、大まかなものとして以下のような内容が、一応の目安として考えられる。

*入居時より10年目までの「第Ⅰ期」は、第1回目の外壁、バルコニ-・開放廊下等の床防水(実施時期は10~12年目頃が一般的)などの大規模修繕が、修繕費の一つの山となる。これらを目標として積立額が設定される。

*次に、10年を超え20年目までの「第Ⅱ期」では、7,000円/月・戸~10,000円/月・戸(単位面積当たり110円~150円/平方m)程度を要するのが一般的である。第Ⅱ期目は、屋根防水などの大規模修繕、また、15年目を過ぎた頃より設備関係の配管や機器の修繕が出始める。したがって、第Ⅰ期目よりは計画修繕も増えてくる。

*更に、20年を超え30年目までの「第Ⅲ期」になると、設備関係の修繕費の占める割合が高くなる。給水・排水設備の配管更新(取替え)、特に高層マンションのエレベ-タ-、防災設備関係の配管・機器等の更新も考えなければならない。更に、建物関係でも第2回目の外壁等大規模修繕の他に、浴室の防水、金物関係(玄関扉、廊下・階段・バルコニ-手摺り等)の傷みが出てきて、取替えが必要となるものもある。したがって、この時期が最も修繕費を必要とする時期となる。

 このように年を経るごとに修繕費が増加してくることは避けられない。当然、積立金の値上げも必要となってくる。この時期での積立金の目安は、建物の仕組み・設備の内容によって、かなり巾が出てくるが、中層(5階建程度のもの)のマンションでは10,000円~15,000円/月・戸(単位面積当たり150円~200円/平方m)、高層マンションでは18,000円~20,000円/月・戸(180円~280円/平方m)を超えるものまであり、かなり高額となる。

 ちなみに、「(財)マンション管理センタ-」が平成13年に作成した長期修繕計画のモデルによると、現在の標準的なマンション(8階建・1棟(75戸)、専有面積70平方m/戸)の必要積立金額は、30年間均等とした場合8,900円/月・戸(130円/平方m)となっている。しかし、21年目より30年目までの修繕費の累計は11,112万円で、これを戸当たり換算すると12,350円/月・戸(180円/平方m)となり、この時期の積立額は他の時期より高額となっている。

(3)修繕積立金事例
 表3・3は、実際に用いられている長期修繕計画(見直し後のものが多い)に基づく修繕積立金の事例である。策定期間は本事例では12~15年間としたが、20年間で策定しているものもある。ここでは、概ね20~30年目にどの程度の費用を要するかを知るため、この期間に限定し試算したものである。
表3.3


 10階建て以上の高層マンションでは、4事例の必要積立金額は単位面積当たり250円~280円/平方m、1事例のみ310円/平方mとなっている。これを月額戸当たりでみると、15,500円~20,100円/月・戸となる。
 一方、5階建て以下の中層マンションでは、単位面積当たりでは145円~156円/平方m、ここでも1事例のみ247円/平方mである。戸当たり積立金額では約13,000円~15,000円/月・戸の範囲となっている。高層と中層では建物の仕組み・設備の内容がかなり異なる。前述のように高層マンションは中層に比較し修繕対象項目が多い。しかし、高層でも必要積立金額に巾があり、また、中層でも同様の現象がある。これらの要因としては以下の内容が考えられる。
策定期間中に対象となる修繕項目の内容
 策定期間は概ね20~30年目の範囲としているが、この期間中の修繕対象の項目・内容により累積修繕費にちがいが出る。すなわち、外壁改修工事はいずれも含まれているが、屋根防水は既に実施したものもある。また、A~Dの高層マンションではエレベ-タ-更新が予定されているが、更に、消防設備、電気設備改修を計画しているAマンションが積立金額としては最も高額である。

策定期間・時期
 策定期間が長い方が修繕費は平均化されるため積立金額は低額となる。表の事例は策定期間が12~15年間であり、また、時期は20~30年目前後のものであるため、対象項目・修繕費累積額も他の時期より高額となる傾向がある。

マンションの戸数規模
 事例の中でもB・E・Fは団地型のもので棟数・住戸数も多い。これらは住戸形態も均一なものであり、修繕積立金も一律で設定されている。
建物形態と住戸専有面積  事例Cは高層マンションの中でも単位面積あたりの積立額が310円/㎡で最も高い。このマンションは1棟型510戸であるが建物が雁行しており、複雑な形態を持つものである。また、エレベ-タ-も多く共用部分の面積が大きいことから、積立金額も住戸面積に比べ高額となっている。
 G・Hマンションは団地型でGは中層、Hはテラスハウスであるため棟数が多い。両者ともに共用部分の占める面積は小さいが、住戸専有面積が大きく、また、建物形態も凹凸が多く外壁面積は当然大きくなる。Hマンションは傾斜屋根を持ち一戸建てが連続した形態である。したがって、外壁・屋根改修等の占める割合が大きく、戸当たり修繕費も高額となっている。

3.長期修繕計画について、管理組合が知っておくべきポイント

1.長期修繕計画とは「どの様なものであるか」を知る。
2.住んでいるマンションの長期修繕計画が「どの様な内容のものであるか」を知る。
*長期修繕計画には様々な内容のものがある。単に「ある」だけでは不十分。すなわち、「自分のマンションに即した内容のものであるか」をチェックする必要がある。これには、専門家の協力が不可欠。
3.長期修繕計画と「修繕積立金」の関係が明確になっているか、を知る。
*「積立金が適切な額であるか」をチェックする必要がある。
4.「計画の運用が適切になされているか」、を知る。
*長期修繕計画が、建物の維持・保全に十分生かされているかが、問題となる。
※これらの最終の目的は、「いかに建物を長持ちさせるか」であり、良好な住環境を維持していくことにつながる。

IV.おわりに

 「長期修繕計画の手引き」は、23回にわたり連載してきましたが、今回で終了します。
 策定の具体的手法等については、かなり専門的な内容となるため省略しましたが、管理組合の方々が知っておくべき内容についてまとめたものです。現在長期修繕計画の策定率は80%を超えると言われていますが、その内容は様々で、実態は定かでありません。
 一方、昨年のマンション管理適正化法の制定に伴い、新たな制度ができています。最近行われたマンション管理士、管理業務主任者等もその一つです。また、テレビ・新聞等のマスコミでもマンション管理についての記事が多くなっています。このように社会的関心はかなり高まっていますが、マンション居住者の関心は今ひとつで、かなり温度差があるようです。
 現在、20年を超えたマンションは全体の1/4、約100万戸に達していますが、今後更に増えていきます。同時に居住者の高齢化にも配慮が必要です。建物の高経年化と居住者の高齢化は避けられず、これらの問題を含めた将来に向けての対応に、長期計画の役割は極めて重要なものになっています。様々な状況を予測した早い時期からの検討が望まれます。