付加価値を高めマンションを長持ちさせる設備改修:2013年11月号掲載

設備の改修は管を更新するだけではない

 改修というものは、建物が建設された当時の形態、すなわち「原形」に何かと縛られることがある。制約されないとしても原形を踏襲することで、いわば無難な道を辿ることができたりする。しかし、「原形」に拘る必要はどこにもなく、むしろ勇気を持って原形を大きく変えることが必要で、原形に囚われない発想や視点を加えると、いろいろなメリットのある改修が実現できることがある。

 今回紹介するSハイツ2号棟の排水管改修工事はそのような発想をもった事例であり、これからの設備改修は、「水回りの利便性を向上させつつ、ライフサイクルコストを低減させる」という視点が重要で、共用部分の改造により専有部分の使い勝手がよくなり、その結果として「マンションを長持ちさせる」のである。

東京都江戸川区、SRC14階建

狭いトイレ内の露出汚水立て管

 汚水単独排水の立て管が、ただでさえ狭いトイレの中に堂々とそびえ立っている間取りをよく目にする。特に旧住宅公団が分譲した団地に多い。この汚水立て管は「排水用鋳鉄管」が使われていることが殆どで、便器単独排水ということもあり耐久性が極めて高い。恐らく、築60年以上は軽く使用できるであろう。

 さて、この更新の必要がない汚水立て管はそのまま使い続けるというのが普通の考え方であるが、その近傍に雑排水管が走っていると判断が悩ましくなってくる。雑排水管は、通常、老朽化が早い配管用炭素鋼鋼管が使われているので築後30年程度で更新を余儀なくされ、このトイレ全体が工事エリアになってしまうからである。

 抜管調査の結果、案の定、雑排水管は腐食が進行し耐用が限界に達していることから、雑排水管の更新工事を行う計画に着手するのであるが、その時、耐久性の高い邪魔な露出汚水立て管をどのように考えたらよいだろうか。

合理的な視点、生活者の視点

 改修検討のスタート時は単純に改修の主対象物である雑排水管のみの改修を考えるのが普通であろう。しかし、人間というものは段々と理解度が進んでいくと、より理想的なものを考え始めるものである。

「ここまで大がかりな工事ですし、せっかくだからトイレの床だけでなく、壁紙や天井もキレイに貼り替えてあげた方が皆喜んでくれると思うのですが。大した面積ではないですし」「洗面所も結局は工事で汚れてしまうし、床の点検口はちょっと美観が悪くなると思います。けちって不満を言われるより洗面所の床も張り替えてしまったらどうか」、という一方で「予算は限られているのだし、際限がないではないか」と現実的で最もなご意見も。

 そうした検討の末、「トイレの床・壁・天井が工事によりキレイになるのに、旧態依然の汚水立て管はそのままなのですかね」という感じでついに邪魔な汚水立て管に意識が及ぶ。

 ここで設計者は、「実は露出立て管を無くし、さらに便器が好きな物を選べるようになる改修方法もあります」と発言できる状況になり、「早くそれを言ってください」と怒られながらも、次回の会合で勇ましくグレードアップ改修手法を提案する。

 結果として、当初予算内で納まるのであればということを条件に、住まい手が少しでも喜ぶ改修にしようということになり、まずはこれで見積を取ろうということになった。その結果、見積時期がたまたまよかったこともあり、競争原理が上手く働き、グレードアップ想定前の予算内で落ち着いたのである。(今思えば、価格高騰の現在であれば恐らく実現しなかったであろう)

更新から改修へ、費用ではなく投資へ

 全ての間取りでこのような改修が可能な訳ではないが、今回の工事で汚水管を残すことなく排水管の改修が完結すれば、もう建物の耐用年数の中で排水管工事を行わなくて済むのである。これは、長期修繕計画において考えてみれば、築60年目に計画される「汚水管の更新工事/戸当たり20万円」を無くすことができ、ライフサイクルコストから見れば、最もコスト安となる改修方法なのである。さらにはトイレの内装工事の重複費用もなくなるのだ。

 配管の老朽化対策工事は外装をキレイにする大規模修繕工事とは違い、居住者が工事後の効果を直接感じることが少ないのであまり喜ばれないが、このように狭いトイレが広くなり、便所のリフォームの選択肢も増え、長期的にコスト安ともなれば、室内のツライ工事に少しは挑む気になってくれるであろう。

オプション工事を企画・設計する

 結果としてトイレ内のグレードアップ改修がテーマとなり、最新のタンクレス便器は勿論、今後は戸建て住宅なみに好きな便器を選択できるようになった。これでもう「公団住宅のトイレ」でなくなったのだ。さて、オプション(自費)で今まで設置することができなかった最新の便器を含め、便器を安価で新品に交換できる機会を実現していかなくてはならない。

 これには、設計段階においてオプション工事の設計もしっかり設計しておくことが肝要となる。当然のことのように思うかもしれないが、マンション改修の現場では、オプションは工事会社任せになってしまっていることの方が多く、それでは競争原理が働かないのでコストメリットがなくなり、結果としてオプションの申し込みが減り、狙ったメリットが発揮できなくなり残念な結果を招く。管理組合が費用負担する工事範囲と、オプション工事との接続点を明確にすることで、自ずとオプション費用のメリットが出てくることになる。(設備設計担当:柳下雅孝)

改修前

改修後


工事事例図

「設計・監理=宮城設計一級建築士事務所、有限会社マンションライフパートナーズ、施工=建装工業株式会社」