新マンション事情

住宅統計解析を楽しむ
実体験だけでは世間を読み取れない

 図は持ち家の着工件数で1978〜2008年間の30年間の東京都と周辺3県を表している。このグラフは特段に加工する必要はなく、社会経済統計のデーターベースを開けば簡単に取れる。東京も周辺3県も持ち家着工件数はほぼ一貫して低下しているが、1978年を100とした場合の2008年の着工指数は東京で44・1%、千葉がさらに高く、神奈川、埼玉は53・1である。そこで指数の大きさ順を並べると、なんと秋田県は22・2、沖縄県29・9、北海道30・0と続く。大工さんは大量に失業したに違いないが、まだ仕事がある東京に家族を置いて働きに来ているのが多い。ちなみに自宅の新築時に東京の工務店に発注したが、棟梁以下ほとんどが東北からの出稼ぎ組であった。「東京の住宅はきゃしゃだねえ、青森で3寸5分の柱を使ったら、注文が無くなるよ」と言っていたのだから、多分東京は粗末だが見栄えが良い持ち家住宅を大量生産していることになる。ところで東京、関西の中央から遠い地域での低下が激しいのは日本の産業立地が偏っているからで、国土の均衡発展は目標に過ぎない。南端、北端を切り捨てたから、中央部は救われた。多い順に愛知県67・5、山梨県59・3、群馬県59・3、以下、栃木、茨城、滋賀、三重、岐阜、京都、埼玉と続く。多くは製造業で人口を維持した。東京や名古屋、大阪からアクセスが良く、土地が安く、安い労働力があるし、高速道路、新幹線整備も早かった。ところが製造業誘致にまい進したから、これら地域は自動車社会になった。愛知県、京都府を除けば都市計画無法地域であり、空き家が多い。パートまで自動車通勤だからこれら地域の中心市街地の空洞化は半端ではない。次に借家の着工件数を確認した。供給の振幅は持ち家よりはるかに大きい。しかも借家は大量供給時には床面積は小さく、供給戸数が少ない時は大きくなるのだから、借家水準の改善は市場次第である。
 さて、ここまで来るとさらに確認したい住宅が浮かびあがってくる。分譲マンションである。供給は1955年〜始まったが、1965〜1975年になると郊外団地やニュータウン開発が盛んになり、バブル期には都心から50km以遠にも拡大した。ところがバブルがはじけた後は地価の下落から開発地が都心回帰したことは衆知の事実である。深刻な問題は都心回帰の後に取り残された借家と分譲マンションで生じた。少子化が加わって郊外遠隔地の借家は空き家化が進行し、分譲マンションでは中古価格の下落が猛威をふるった。都心に回帰したマンションには単身者の購入が激増したのだから、需要者がそのまま郊外から移動した訳ではない。大きいところから入り、次第に細部に渡って探偵するのが統計分析を楽しむ方法である。細部から入るとふくろ小路に迷いやすい。分譲マンション、公営住宅、UR・公社住宅、民営借家の居住者は、それぞれ自分が居住している住宅だけのタコつぼ的議論に陥り易い。少子高齢化時代に単身化、空き家化は全ての住宅の共通課題であるのは統計から見えるが、行政は何もしないことが公平と思っているらしい。住民も行政に働きかけて居ないのだから、仕方がない。住宅に関して自己責任は美徳ですかねえ。(つづく)



(2012年4月号掲載)
(高崎健康福祉大学教授 松本 恭治)