新マンション事情

30歳代の人口変動はなにをもたらすか
多摩NT諏訪2丁目団地の建て替えは駆け込みセーフ?

 2011年9月27日諏訪2丁目団地では建て替えに向けて建物の取り壊しが始まった。長い建て替え運動の成果であるが、多摩ニュータウンでの建て替えはこれが最初で最後と言われている。理由は人口減少が押し寄せてくるからであるが、より正確に言えば30歳代の人口が今後急速に減るからである。30歳代は新規分譲マンションの6割を購入する世代であり、その増減はマンションや土地の売れ行きに大いに影響する。1995年の阪神淡路大震災時期の各地域の30歳代の人口を100として年時別の指数を追いかけると過去のマンション事情を説明できると同時に今後の予測が可能になる。1990年にはバブル経済が崩壊したが、実は崩壊の準備は1985年段階から始まったことが分る。1985〜1995年では30歳代は確実に減少したのである。1995年に指数が増加傾向に転じたことは震災の中心地の兵庫県、特に神戸市にとっては不幸中の幸いであった。震災直後から30歳代が増加したのだから、建て替え事業の追い風になったと考えてよい。ところが2010年をピークに指数はひたすら低下に転じるのだから、もし2011年の東日本大震災で、多数のマンションが倒壊していたら、建て替えはより困難であったに違いない。もっとも宮城県は地価が低いから指数の如何に関わらずごく僅かなマンションしか建て替えられないだろうから、より困難になるとしても大した差にはならない。これが地価の高い東京都であったら、2011年時には建て替えが可能に見えても、竣工まで長い年数がかかれば、全額自己負担方式でない限り、事業リスクが高まる恐れは強い。



 ともかく東京の30歳代は2010年から2025年までに指数は40ポイント程度下がる。そこで団地は建て替えを考えず、修繕に専念するしかないが、多分世帯分離する子供たちは都心指向が強まるから、高齢者ばかりの町になる恐れが強い。中古住宅が値下がりし続けるのも不安である。多摩ニュータウンでは地域のNPO団体や専門家、住民の間でニュータウンの将来議論が活発化しているそうだが、これが簡単でない。なにしろ職住分離の町を作ってしまったから30代の若い人を呼び込む装置がニュータウン内にない。超高層オフィスが立ち並ぶ幕張メッセも、中心部にオフィス群が建てられた千葉ニュータウンも外から通勤する人が多い。市役所の役人でさえニュータウン外からの通勤を選ぶ。ホワイトカラーの職住近接は実に難しい。何しろ30歳代の人口は今後どこでも減る一方である。いわばマイナスサムゲームの中で30歳代を奪い合う都市間競争をすれば、一握りの勝者と大多数の敗者に分かれる。しかも立地で勝負がつきやすい。いまさら観光は成り立たないし、子供が激減しているから教育産業も来ない。工場誘致も無理だ。オフィス需要もない。そこでいっそのこと有り余る高齢者を対象として福祉施設の町に改造するのはどうだろう。地価は今後安くなるはずだし地域分散型で配置可能だ。施設不足に悩む東京23区は大いに助かるはず。どんな職業でも構わないが保育施設完備で、女性が正規で安心して働らく場所があれば、男は付いてくる。亭主は都心通勤でも構わない。(つづく)

(2011年11月号掲載)
(高崎健康福祉大学教授 松本 恭治)